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Books for Teachers

学校教育をよりよくしたいと思う方、そして現場でがんばる先生たちにおススメの本を紹介します。

村上春樹『職業としての小説家』~学校で伸ばすのは大きなやかん?小さなやかん?

教育全般 妹尾昌俊

 村上春樹『職業としての小説家』(紹介:妹尾昌俊)

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

『職業としての小説家』がもう文庫になったようで、本屋で平積みになっていました。僕は単行本で読みましたが、とても印象に残った本のひとつです。

 村上春樹小説は好き、嫌い分かれると思うのですが、このエッセイ集は、ハルキストも嫌いな人もぜひ一読をおススメします。(ハルキストなら既に読んでいるか。ちなみに僕は、小説なら、ねじまき鳥が一番好きかな。不思議な物語なのにどこか親近感も感じます。)

小さなやかんと大きなやかん

『職業としての小説家』のひとつの章に「学校について」というがあります。とても考えさせられる話が多かったです。

即効性と非即効性の違いは、たとえて言うなら、小さいやかんと大きなやかんの違いです。小さなやかんはすぐにお湯が沸くので便利ですが、すぐに冷めてしまいます。一方大きなやかんはお湯が沸くまでに時間がかかるけれど、いったん湧いたお湯はなかなか冷めません。どちらがより優れているというのではなく、それぞれに用途と持ち味があるということです。(p195)

即効性、小さなやかんが指しているのは、受験やテストのための勉強です。一方、非即効性、大きなやかんは、村上さんの場合は好きな本から得たことなど、時間が経っても消えずに心に残っているものを指します。

折しも、少し前に全国学力・学習状況調査の結果が発表されました。都道府県別結果や自分の学校が平均よりも上か下かなどは、気になる人も多いようです。実際、都道府県の教育振興計画などでは学力テストの結果を目標のひとつにしているところもかなりあるそうです。

また、学校によっては、過去問で練習しておくことも少なくありません(それ自体が必ずしも悪いものではないのでしょうけれど、その分、本来したかった授業の時間が減るというデメリットもある)。

これらの共通の背景には、保護者や世間の目として、短期的に測ることのできる、学力、または〇〇大学合格といった分かりやすい結果で安心したい、という心理があるように思います。

まさに、村上さんのいう「小さなやかん」を沸かすことに一生懸命な姿といえるかもしれません。

小さなやかん、効率重視だけで本当によいのか?

しかし、本当にこれでいいのだろうか?というところは、かなり多くの人が感じていることでもあります。これだけネットでいろいろ教えてもらえるようになり、またAIで小説まで書けちゃう時代になりつつある中、覚えていることをテストすることが中心では、ダメじゃないかと。そのため、アクティブラーニングやら、大学入試改革やらが言われているわけでもあります。

ただし、「大きなやかん」はなんだろうか?どう測ったらいいのだろうか(そもそもちゃんと測れるものだろうか)など、問題や疑問はたくさんあります。要するに、分かりづらいし、分かるようになるまで時間がかかりそう。だから、多くの人は待てない。そんな世の中の即効性、効率性重視の流れに、村上さんは小説家として抵抗しているのかもしれません。

僕自身の体験から思い出すのは、小6のときの社会の授業です。日本史をはじめて扱いますが、担任の先生は縄文時代が大好きで、数か月ひたすら縄文時代について学習。なぜこの時代は平等だったのか?など問いを探求して、道徳も兼ねる授業でした。まあ、たしかに実際の年数で縮尺をとった年表をつくれば、縄文はすんごく長いでしょうけれど、教科書のあとのほうは駆け足に当然なりました。

今思えば、これがあったから、僕は歴史好きになったのかな、とも思います。一生続くかもしれない知的好奇心を高めるというのは、教育の醍醐味のひとつ、「大きなやかん」と言えるでしょう。一方で、同じ授業を受けても、歴史嫌いになった子もいたかもしれませんし、ほんと「大きなやかん」を沸かすのは至難の業です。

蛇足かもしれませんが、企業の採用で「わが社の即戦力となる人材を期待します」というのは、即効性重視なのでしょう。中長期的に人を育てる経営ができているのか気になります(まあ、そこと即戦力を求めることは必ずしも二律背反ではありませんが)。

親としても、自分のこの子の「大きなやかん」は何だろう?と考えると、非常にむずかしいところがあります。ひょっとしたら、絵の才能があるのかもしれない、小さいころから大好きだし、でも美術専門で進学させたら就職厳しいかもね、と考えるのはごく自然な発想でしょうし。だいたい、親が見極められるなんて考えないほうがよい(本人の直観に任せる)のかもしれないし。

僕は、子供を見る目として、「小さなやかん」重視派と「大きなやかん」重視派のさまざまな大人が身近にいたほうがよいのではないか、と思います。「小さなやかん」で達成感を重ねていくことが「大きなやかん」にも近づくというパスもあるでしょうし、どっちかだけというのではないような気がしています。

あなたの周りの大人(学校であれば教職員、家庭であれば親やママ友ら)には、どんな人たちが多いでしょうか?自分はどっちが強いでしょうか?

 

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妹尾 昌俊(せのお まさとし)

学校マネジメントコンサルタント、Books for Teachersの世話役、4人の子育てに修行中。野村総合研究所を経て、フリーに。教職員向け講演・研修などを行っている。

著書『変わる学校、変わらない学校-学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道』では、活性化している学校とそうではない学校との違いを分析、今後の学校づくりの方向性を提言。

文科省の有識者会議やフォーラム、教員研修センターのマネジメント研修などでも講師を務める。

ブログ:

http://senoom.hateblo.jp