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学校教育をよりよくしたいと思う方、そして現場でがんばる先生たちにおススメの本を紹介します。

給食費未納──子どもの貧困と食生活格差

給食費未納──子どもの貧困と食生活格差 (紹介:栁澤 靖明)

給食費未納 子どもの貧困と食生活格差 (光文社新書)

給食費未納 子どもの貧困と食生活格差 (光文社新書)

 

給食費未納が大きく報じられたのは2006(平成18)年頃から。「給食費未納約22億」という大きな活字が新聞の紙面を飾り(文科省の調査により明らかとなった)、その原因の多くは保護者の問題(責任感不足や規範意識低下)とされた。本当にそう理解して片づけてよい問題なのか、問いかけるのが本書だ。

給食費未納問題がクローズアップされて以降、子どもに対する悪影響の懸念が高まり、さらには未納者へのバッシングが強まってきた。

2015年には、埼玉県北本市の公立中学で給食費未納が三ヵ月続いた場合に給食を提供しないと決定、未納家庭に通知したという報道がありました。(・・・)また、「未納の主な原因は保護者の意識にあるため北本市の対応は妥当である」というエコノミストの意見もありました。──「はじめに」3-4頁 

日本では事例はないが、アメリカのたいへんショッキングな事例が載っていたので引用しておく。

アメリカの小学校では2014年、実際に給食費未納を理由に、生徒の昼食が目の前で取り上げられる事件もありました。昼食を没収された生徒は泣き出し、食堂の管理者と上司は教育行政当局に処分されたそうです。──「はじめに」5頁

 

「払わないから、食べさせない」は正しいのか

まず、本書の帯紙に「払わないのか? 払えないのか?」というキャッチ―な言葉が書かれている。──そう、重要なのは未納状態を引き起こす家庭の状況がどちらなのかである。前出の文科省調査では前者が話題を呼んだことになる。しかし、最近は後者もクローズアップされるようになってきた。いわゆる子どもの貧困問題である。

本書では「就学援助」という就学を支援するための制度を活用するべきと書かれている。

「就学援助」とは、経済的に困窮している小中学生の保護者に対して、市区町村が学用品や給食費に相当する金額の経済的支援を行う制度です。──「はじめに」5頁

 

援助対象となる低い所得階層ほど情報弱者でもある

就学援助制度に認定されると(保護者の所得基準あり)、給食費等に対する援助費を受給することができる。現在、給食費の未納を未然に防ぐ目的でこの制度の周知徹底が急がれている。しかし、自治体や学校現場が周知に努めているにも関わらず、情報が行きわたらないという問題もある。

所得の状態では受給対象者であるが、申請をしていない場合が多くある。東京都の調査によれば、「制度を知らなかった」という理由で利用しなかった割合は、世帯収入100万円未満の家庭では4.1%も存在したという。

制度を利用し援助が急務であると思われる家庭ほど、制度の情報が届かないという問題があるのだ。本書では、このような「情報弱者」の現状をこう述べている。

本来対象となるべき低い所得階層の人ほど、制度についての情報が伝わりにくい、いわゆる情報弱者が多い現状があるのです。支援を必要とする世帯ほど情報が届きにくいこと、理解されにくいことを示しています。(・・・)所得が少なくて仕事を掛け持ちしているような忙しい保護者に、制度や申請方法について十分伝えられているのか疑問です。──「第1章 払わないから食べさせない?」49-50頁 

そして、この問題の原因に「申請主義」があることを指摘している。制度は用意したが、利用するための申請によりハードルを上げる。また、自治体は財源の問題を理由に積極的な周知徹底をおこなわない場合もままあるそうだ。これらは、生活保護で問題となっている水際作戦(窓口まで来ても申請書を渡すことなく、水際で追い返すこと)にも類似する行為であろう。

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先進的な自治体の紹介もある。滋賀県野洲市では、多種多様な相談や要望に応える、いわば「ガバメント・オフィス・コンシェルジュ」ともいうべき職種が配置されているようだ。

野洲市では、困っている市民に対し、役所の窓口をたらい回しにせず、ホテルのコンシェルジュのように「就学援助のことですね、それはここです」「児童扶養手当についてはあちらです」「借金のご相談でしょうか」と丁寧に案内し、役所の中で横に連携する方法を始めています。──「第2章 給食費未納は子どもの貧困シグナル」92頁 

 

さらに、野洲市では給食費や保育料を滞納している情報をきっかけにアウトリーチ(援助が必要であるにも関わらず、自発的に行動しない〈できない〉人に対して、積極的に働きかけて支援の実現をめざすこと)による支援もおこなっているそうだ。

このようなとりくみは「情報弱者」に対しても有効的であり、給食費の未納解決にも効果を示すだろう。イソップ寓話『北風と太陽』で表せば、太陽のような事例である。一方では、大阪市のように滞納整理業務を弁護士に委託して「『逃げ得』を許さない強い姿勢」で給食費を回収するという方針を示した北風のような事例もある。

 

給食費の未納者は修学旅行に行けない?

本書には、拙著を引用した部分がある。わたしからしてみれば、多少誤解が生じている懸念を感じたため、この場を借りてその意図を説明したい。

修学旅行費を納めていないと修学旅行に連れて行かない、修学旅行費だけでなく給食費など学校に納めるお金に未納があると修学旅行に参加させない事例も珍しくないようです。すでに食べてしまっている学校給食費は後回しにして、「明日出発する修学旅行費を優先して納入したいという。気持ちはわかるが、学校給食費の未納が残る恐れがある」と考えるようです。──「第1章 払わないから食べさせない?」60頁

※引用部分は、栁澤靖明『本当の学校事務の話をしよう』(太郎次郎社エディタス、2016年)87頁

 

これだけ読むと、修学旅行費だけ払って給食費は未納のまま修学旅行へは行かせるべきではない! という印象を与えそうだが、引用部分は続きがあり「かといってすべての徴収金を完納することを修学旅行に連れていく条件にすることが、よいことなのかという論議も当然ある」と続く。わたしはむしろこちらの論者であることは断っておきたい。そもそも保護者の経済力が子どもの就学に影響を与えるという状況を打開すべきである。

しかし、実際には本書の引用で示したように、いわばついでに給食費も完納させたいという理由から修学旅行をきっかけに未納の解消にとりくむという事例も聞く。学校現場に押し付けられた未納対応に対する現場の苦肉の策であろう。すでに食べてしまった給食費とこれから行く修学旅行費を比べたら、優先順位が修学旅行であることは至当である。

こういった事例を考える上では、本書でも触れられている、子どもの権利条約が定める「子どもの最善の利益、子どもにとってもっともよいこと」を基本に行動を起こすべきであり、本書の言葉を借りれば、費用の完納を条件とするのはどちらにしても子どもの心情を無視した「行政による虐待」であるといえるだろう。

 

あなたはどのように考えますか?

学校給食費を無償化している自治体(本書によると、2015年度現在で全国の約2割は無償まではいかなくとも何らかの補助をおこなっている)もあれば、未納により給食を停止させる自治体もあるなど、かなり温度差があるのが現状だ。また、給食に対して、お昼ご飯だから保護者が負担すべきという考え方と、給食の時間は教育活動の一環であるから公費負担が望ましいという考え方にもわかれている。

子どもに対する無償化施策として「医療費の無償化」があるが、医療費は年を重ねるごとに広がり対象も拡大してきている(厚生労働省の調査によると、2015年度現在で全国の半数以上の自治体で窓口負担がない)。子どもの医療費は無償であるべきだという国民的コンセサスが形成されてきているからだといえるだろう。公費を充てるということは、税金を充てるということだ。給食費に関する国民的コンセンサスがどこへ向かうのかが重要となってくる。

本書は給食を「食のセーフティネット」と捉え、子どもの貧困問題を考える上であえて食事としての機能面にも言及し、「食べてしまうから保護者負担」という感覚を越える説得力が潜在されている。さらに、めざすべき制度設計のカタチとして、小学校では94パーセントが無償であるという韓国の事例を紹介し、改めて子どもの貧困対策として重要な栄養源である給食に対する無償化(現物支給)の在り方を示し、終わりとしている。

あなたは、給食費未納に対してバッシングしますか?この問題、あなたはどう考えますか?

 

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栁澤 靖明(やなぎさわ やすあき)

川口市立小谷場中学校事務主任。著書『本当の学校事務の話をしよう: ひろがる職分とこれからの公教育』では、事務職員という立場から学校の現状やこれからの公教育の在り方を提言。

「事務職員の仕事を事務室の外に開く」をモットーに、事務室だより『でんしょ鳩』などで、教職員・保護者・子ども・地域へ情報を発信。就学援助制度の周知にも力を入れて取り組んでいる。
さらなる専門性の向上をめざし、大学の通信教育課程で法学を勉強中。ライフワークとして、「教育の機会均等と教育費の無償性」「子どもの権利」を研究。
共著に『保護者負担金がよくわかる本』(保護者負担金研究会=編著、学事出版)、『つくろう! 事務だより』(事務だより研究会=編著、同)などがある。