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Books for Teachers

学校教育をよりよくしたいと思う方、そして現場でがんばる先生たちにおススメの本を紹介します。

なぜブラックになるのか―ワタミの失敗

社会を見る目 教育全般 妹尾昌俊

ワタミの失敗(紹介:妹尾昌俊)

ワタミの失敗  「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造

ワタミの失敗 「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造

 

かなり挑発的なタイトルの本書、サブタイトルー「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造ーに真意が表れている。外食のみならず、農業や介護にもイノベーティブな取組を起こしつつあったワタミがなぜブラックになったのか。電通の新入社員の過労自殺に注目が集まる今日、「ワタミの失敗」から学ぶことを考えてみたい。

 あとで述べるが、世界一多忙な職場として有名になった日本の学校現場にも、実は似た構造を見ることができる

なぜワタミはブラック批判されたのか

2008年にワタミに入社したばかりの女性社員が過労自殺した。そのころから同社のブラック批判はおこるが、ピークに達したのは2013年である。同年にブラック企業大賞を受賞した。

実は過酷な労働環境にあるのはワタミや電通だけではない(だからといって、ワタミや電通が悪くないという趣旨ではないが)。2012年には労基署からの是正勧告は全国で約9万件出され、うち1000件超の書類送検が行われているが、ワタミの外食事業では書類送検が行われたのはゼロ件である。過去に過労死・過労自殺が発生し、労災認定されたことがある会社といえば、トヨタ、神戸製鋼、JR西日本、すかいらーく、キヤノン、日本マクドナルド、富士通など有名企業が並ぶ。

それにもかかわらず、なぜワタミだけあれほどバッシングされたのか?本書ではさまざまな要因が重なったからとしている。

  • 全都道府県に出店しており、幅広い世代、地域で話題を共有できる会社であったこと
  • 創業者・経営者の渡邉美樹がよく知られていたこと。加えて渡邉が政治家(=公人)となったため批判しやすくなったこと。
  • イメージと実態のミスマッチがあったこと。ブラック批判の前はワタミは、途上国の子どもたちへ教育支援活動を行うなど、ポジティブなイメージがあった。
  • 従業員の過労自殺があったにもかかわらず、会社やトップからは当初何ら公式なコメントは発表されず、事件に向き合っていないかのような印象を与えた。また、渡邉もツイッターで「労災認定の件は非常に残念であるが、労務管理ができていなかったとの認識はない」といった反論のように受け取られる発信をしてしまったこと。

などである。

善意だから気づかない、気づけない

同社がブラック批判された背景あるいは過酷な労働環境になった背景(両社は異なる点もあるが、ここでは共通点を指摘する)として、本書の中でぜひ読んでほしいのが「渡邉に悪意がなかったこと」としている箇所である(p.66-)。

渡邉は善意の塊であり、だからこそ一部の人にとって「タチが悪い」と映ってしまうのである。(p.66)

渡邉は起業するために、佐川急便のセールスドライバーとして働くことで資金を貯めた。1日の労働時間は20時間近く、現場では珍しい大卒であった渡邉への風当たりは強く、先輩社員からのいじめも絶えなかった。

過酷な労働の結果として渡邉は夢を叶え、成功をつかんだ。彼にとって佐川急便での日々はブラックではなく、人間性を高め、夢に近づくための日々であったのだ。ここに、「ブラック」に対する一般的な認識と、彼の信念との齟齬がある。(p.68)

 

また渡邉の場合、自らの高い能力や才能について無自覚であり、かつ謙虚な人柄でもある。従って、「こんな自分でもできたんだから、君たちにもできる!」と、高い水準の努力を意図せずして押し付けてしまっている構造も見てとれる。これもまた、発端は善意によるものだ。(p.69)

 学校は善意のあふれる場

石川晋さんの『学校でしなやかに生きるということ』という本にもあるが、学校には善意があふれている。「児童・生徒のために」という錦の御旗があるために、教師は際限なく多忙になってしまいやすいし、自分の心を追い詰めやすい

最近よく議論されるようになってきた部活動はその典型だ。多くの教師が、部活動の意義を認めている。生徒指導や生徒が成功体験を積むという点で、大変効果がある。また、保護者からの期待も大きい。

一方、そのために顧問の教師は平日に授業準備ができるのは夜からとなる、休日はほとんどない、交通費すら出ないこともある、公共交通機関がない土地で自家用車で部員を送迎したときに事故があったら誰が責任をとるのか、などなど、問題も多い。

部活は、顧問の先生のボランタリー精神、言い換えれば、善意で支えられている部分が非常に大きいのだ。

『ワタミの失敗』で語られている通り、善意がゆえに、高い水準や過酷な環境を無自覚なまま押し付けてしまっていることがある。教師は自分自身あるいは同僚に、また保護者は教師に対して。

ミッション、理念に基づく経営は大事だが、危険性にも十分自覚しておく

善意の危険性と重なる点が、崇高な経営理念である。ブラック批判以前のワタミは、渡邉のカリスマ、それから農業、途上国支援などもあいまって、採用に苦戦する外食産業の中では人気企業であった。従業員を引き付けていたもうひとつの要因が、同社のミッション・理念に基づく経営であろう。

ワタミのスローガンは「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」である。同社の理念は詳しくは理念集に示されている。

(同社ウェブページより)

一人ひとりが主人公であり、夢を追いかけるグループであるために、グループ社員が共有すべき価値観・使命感が、常に立ち返るところとして日々の現場の事例をもとに「ワタミグループ理念集」にまとめられています。内容は創業者が社員へ贈り続けたメッセージが元となり、毎月発行されるグループ報「体の重い亀」に掲載されたものです。

http://www.watami.co.jp/corporate/idea/

ワタミの理念集にもとづく経営は、僕が感じる限りでは非常に徹底している。額縁で飾ってお終いでは決してない。リッツカールトンではクレドという理念集を従業員に常に携行させ、たびたび研修でも振り返ることで有名だが、ワタミもこれに近いか、これ以上かもしれない。

理念集は、ウェブページにあるとおり渡邉が従業員への手紙でしたためたものであり、相当具体的に語られている。ビデオレターもある。また、理念集に関連するレポートを従業員は作成して共有する場がある(深夜まで働いた後、この研修なので、過酷ではあったわけだが)。離職率が高く、競争環境も熾烈な飲食業界ではミッション・理念でよい人材を引き付け、維持するのは非常に大切であり、ワタミは理念に基づく経営のお手本とも言える企業である。

ただしだ。本書で述べられている通り、崇高な理念であるがために、価値観の一方的な押し付けや過酷な環境を軽視するバイアスにつながった部分はある。ワタミの理念集には次の一節もある。

楽で給与が高く、休みが多い会社がいい会社とは絶対に思わない。私は、そんな会社に子どもを入れたいとは欠片も思わない。人の3倍働き、3倍早く成長して、自分自身の世の中への存在対効果を何倍にもして、それを楽しみながら自らの意志で更なるハードワーキング、ハードシンキングをしていく「環境」が整っており、そんな人生を生きる自分に定期的に「刺激」を与えてくれる会社こそがいい会社と思う。(p.76)

「人の3倍働き、3倍早く成長する」ここの一節は、ワタミが成長した原動力でもあり、ブラックとなった背景でもあるように僕は感じた。たしか『ビジョナリーカンパニー』だったと思うが、強い会社にはcult like culture(カルトのような企業文化)というのがあるのだ。繰り返しになるが、この理念や文化の重要性はわかりつつも、見えなくなりやすい部分もあることになるべく自覚しておきたいと思う。

教育現場では、どうだろうか?拙著『変わる学校、変わらない学校』で書いたとおり、学校のビジョンや目標は、とてもぼやっとし過ぎているところが多い。一方で、一定の教育観が支配的だったり、前例・伝統をあまり批判なく受け入れているところなどもあり、やはり文化はある。例えば、「生徒のために一生懸命、朝でも夜でも対応して当たり前」はひとつの理念、価値観だが、それを「当たり前」としたままで本当によいのか?『ワタミの失敗』を読んでいて、そんな点もモヤモヤしてきた。

 

追伸:電通の問題について、次のような指摘もあったので、参考までに。

電通は企業理念として、「Good Innovation.」を掲げ、「『その手があったか』と言われるアイデアがある。『そこまでやるか』と言われる技術がある。『そんなことまで』と言われる企業家精神がある。私たちは3つの力でイノベーションをつくる。人へ、社会へ、新たな変化をもたらすイノベーションをつくってゆく」と説いている。

・・・(中略)・・・
問題は、その価値観が伝言ゲームの如く独り歩きすることだ。「アイデアが出るまで、顧客ニーズに応えるまでやれ」、「深夜勤務(そこまで)してでもやり遂げろ」、「徹夜(そんなこと)は当たり前」という脈絡になってしまうことが問題だ。長時間労働が企業理念ではないはず。労働時間とは全く関係なく、アイデア、技術、企業家精神の必要性を説いているだけなのに、それを現場が勝手に矮小化して、労働時間の長さを求めてしまう。かくして間違った価値観が蔓延する。

電通新入社員自殺に見る、過労死事件頻発の理由とは|トンデモ人事部が会社を壊す|ダイヤモンド・オンライン

 

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変わる学校、変わらない学校―学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道

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妹尾 昌俊(せのお まさとし)

学校マネジメントコンサルタント、Books for Teachersの世話役、4人の子育てに修行中。野村総合研究所を経て、フリーに。教職員向け講演・研修などを行っている。

著書『変わる学校、変わらない学校-学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道』では、活性化している学校とそうではない学校との違いを分析、今後の学校づくりの方向性を提言。

文科省の有識者会議やフォーラム、教員研修センターのマネジメント研修などでも講師を務める。

ブログ:

http://senoom.hateblo.jp