GRITやり抜く力① 偉人はなにが違うのか?学校はどんな力を伸ばすべきか?
GRITやり抜く力① (紹介:妹尾昌俊)
やり抜く力――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける
- 作者: アンジェラ・ダックワース,神崎朗子
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2016/09/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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よい本は世の中に多いが、稀に一生ものの本に出会うことがある。僕にとって、ダックワースのGRITはその一冊だ。本書は、偉業をなし遂げるには何が必要か。それは才能よりも「やり抜く力(Grit)」であり、その「やり抜く力」というのは伸ばしていくことができる、ということを心理学等の知見や偉人たち(一流の人たち)へのインタビューからあぶりだす。学校教育はもちろん、ビジネスや子育て、それにあなたの人生をより豊かにするためのヒントが多い本だ。
成功するには情熱と粘り強さの両方が必要
「なんだ、結局は努力次第と言っている説教本か、自己啓発本にありがちだな」と思われた方もいるかもしれない。
しかし、ちょっと待ってほしい。本書の魅力は、なぜ「やり抜く力」が重要なのかを、様々な角度から検証・解説しているし、それを伸ばす具体的な方法も多く紹介していることだ。単なる精神論の啓発本であれば、米国ではもちろん、日本を含む世界各国でベストセラーになるわけがない。
「やり抜く力(Grit)」とは何か。著者によれば、それは「情熱」と「粘り強さ」の2つの要素から成り立つ。情熱をもって頑張るだけではダメで、努力が持続する力も測るというわけだ。
本書でも、ダーウィンやオリンピックメダリストなど興味深い偉人たちの成功の秘訣が情熱と粘り強さの観点から分析されているが、たとえば、イチロー選手のドキュメンタリーやNHKのプロフェッショナルなどを観ていても、同じ感触をもつ。一見地味に見える練習や訓練を一流のプロは来る人も来る日も続け、カイゼンし続けている。
僕自身の経験で引き付けると、半年、数か月の短期で終わるプロジェクトは、比較的、能力(得意としている内容かどうか)や短期的な情熱の大きさ、チームワーク次第で成果が分かれる。しかし、本格的に本を書くなどの仕事では、能力うんぬんよりも、情熱の持続性と粘り強さが非常に影響すると実感している。
偉業を達成できるかどうかと、IQや多くの性格は、あまり関係がない
4章で紹介されているコックスの研究も興味深い。彼は偉業を成し遂げた301名の歴史上の人物について、略歴や伝記情報を細かく調査したうえで、1926年に研究結果を発表した。また、コックスは各人物のエビデンスをもとに幼年期のIQも推定した。たとえば、3歳でギリシア語を覚えたことが伝記で分かれば、IQは高い人だということになる。
調査の結果、一般の人よりも偉人たちのほうがIQは高い、ということが分かった。これは驚く話ではない。しかし、彼が偉人たちを功績の偉大さで比較したところ、IQの高さは功績の高さとほとんど関係ないことが分かったのだ。さらに、性格も偉業とはあまり関係がない。
67項目(引用者注:性格の特徴)のうち大半については、偉人たちと一般の人びとあいだに、ほとんど差異は見られなかった。たとえば、偉大な功績を収めた人びとは、外向性や朗らかさ、ユーモアのセンスといった性格の特徴を顕著に備えているかといえば、決してそんなことはなかった。また、学校の成績も必ずしもよいとは限らなかった。(p.112)
コックスによれば、偉人と一般の人の違いは次の4点に集約される。さらに彼は偉大な功績の上位10人と下位10人を詳細に調べ上げたのだが、両者の違いとしてもこの4点は顕著であった。それは、
- 遠くの目標を視野に入れて努力していること。
- いったん取り組んだことを気まぐれにやめないこと。
- 意志力の強さ、粘り強さ。
- 障害にぶつかっても、あきらめずに取り組むこと。
これはダックワースのいう「粘り強さ」とほぼ共通する。コックスは次のように締めくくっている。
知能のレベルは最高ではなくても、最大限の粘り強さを発揮して努力する人は、知能レベルが最高に高くてもあまり粘り強く努力しない人より、はるかに偉大な功績を収める。(p.113)
学校で伸ばす、育てるべきは学力なのか、粘り強さなのか?
著者は今はペンシルベニア大学の心理学教授だが、もともとは中学校の数学の先生をしていた。この点でも、また本書の内容としても、学校教育にも大変刺激的だ。
というのは、学校で育てるべきは何なのか、という根源的な問いを突きつけるからだ。
もちろん、学校教育、ことに義務教育段階では、なにも偉人ばかりを輩出したいというミッション、ビジョンではない。社会で活躍する人、あるいは自分の人生を楽しみ、切り開いていける大人になってほしい、そんな思いもあるのではないか?
この育てたい子ども像やビジョンというのも、地域や学校でもっとよくよく議論していかねばならないと思うが、問題はその次にもある。そうした人材に子どもたちが成長するには何が重要だろうか?
日本では、全国学力・学習状況調査の都道府県別結果などを見て、一喜一憂しているふうもあるが、本当にペーパーテストで簡単に測ることができる学力が子どもの育てるべき力として最重要なのだろうか?それとも、本書を参考にすると、表面的な学力よりは、情熱と粘り強さを育むべきではないか、とも思えてくるのだ。
それに、短期的な学力は低くても、ねばり強い人に育ってくれれば、学力は中長期的には上がっていく可能性も示唆される。身近な例で申し上げよう。英語を小さいうちから勉強させて、一部の子どもは流暢な英語ができるようになったけれど、ほかの子どもは英語コンプレックスや嫌いになってしまった。そんな社会がよいのか、それとも、英語や異文化理解は楽しいから学び続けたいと思う、粘り強い人が多くなる社会がよいのか?僕は、学校教育がめざすべきは、学力は高くてこしたことはないが、それ以上に生涯学習しようとする力や好奇心であるように思えてならない。
実際米国の教育省では、このGritを伸ばそうとする政策が重視されるようになっているらしい。日本もセンター試験廃止など、〇×式の学力テストは見直そうとする動きはあるし、学習指導要領改訂でもいろんな議論がされている。しかし、こうした粘り強さをどう高めていくか、という視点では十分検討されているだろうか?
やる抜く力は簡単に測定できる
やり抜く力の強さ、グリット・スコアは、本書にもある通り10の質問に答えるアンケートで簡単に把握することができるという(p.83)。
- 新しいアイデアやプロジェクトが出てくると、ついそちらに気をとられてしまう。
- 私は挫折してもめげない。簡単にはあきらめない。
- 達成まで何か月もかかることに、ずっと集中して取り組むことがなかなかできない。
- 興味の対象が毎年のように変わる。
などだ。こんな簡単な方法で本当によいのか、は疑問に残ったし、著者も述べているとおり、アンケートではなく過去にどういう行動をとったかで得点化したほうがよい点もありそうな気もする。アメリカ人の分布のデータも掲載されているが、自己評価に依存するアンケートでは、自信満々な国民性や文化もスコアに出ている気もする。こうした点は今後の研究の進展に期待したいところだ。
しかしながら、シンプルな方法だからこそ、多くの分野や人に適用して、検証していきやすいというメリットもある。そして、本書の主張のもうひとつの面白い点は、才能や遺伝ではなく、やり抜く力は伸ばしていけるのだ、という点だ。何歳でも。遅すぎるということはない。
少し長くなったので、やり抜く力の伸ばし方についての紹介と、学校教育等へのヒントは次の回にしたい。
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妹尾 昌俊(せのお まさとし)
学校マネジメントコンサルタント、Books for Teachersの世話役、4人の子育てに修行中。野村総合研究所を経て、フリーに。教職員向け講演・研修などを行っている。
著書『変わる学校、変わらない学校-学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道』では、活性化している学校とそうではない学校との違いを分析、今後の学校づくりの方向性を提言。
文科省の有識者会議やフォーラム、教員研修センターのマネジメント研修などでも講師を務める。
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