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学校教育をよりよくしたいと思う方、そして現場でがんばる先生たちにおススメの本を紹介します。

「一人も見捨てへん」教育─すべての子どもの学力向上に挑む

「一人も見捨てへん」教育─すべての子どもの学力向上に挑む (紹介:栁澤 靖明)

「一人も見捨てへん」教育

「一人も見捨てへん」教育

 

 「一人も見捨てへん」というタイトルが象徴するように、本書は大阪府茨木市の教育実践について、教育長を始めとした教育委員会事務局、学校現場の管理職や教職員を中心とした総勢55名の教育関係者が分筆している。

学力を下支えする4つの力:「ゆめ力」「自分力」「つながり力」「学び力」

茨木市は人口約28万人で小中学校数は46校という規模である(平成28年度10月末現在)。そして、教育に関する計画「茨木っ子プラン(以下、「プラン」)」に沿った施策が効果を出している。「プラン」が始動した2006(平成18)年度から10年のあゆみがWebサイトに掲載されていたので引用する(具体的な内容は第3章にまとめられている)。

平成18年度大阪府学力等実態調査の結果について、大学の研究者の協力を得ながら、校長、教頭や教職員と共に分析し、本市の学校教育の方向性を示す指針として、「茨木っ子プラン22(茨木市学力向上3カ年計画)」を作成しました。その中で、調査結果を公表するとともに、児童・生徒の実態の分析から「ゆめ力」「自分力」「つながり力」「学び力」を育みたい力として示し、本市の学力向上の考え方を整理し、取組を進めてまいりました。

「茨木っ子プラン22」、「茨木っ子ステップアッププラン25(茨木市新学力・体力向上3カ年計画)」に引き続き、平成26年度からは、「茨木っ子ジャンプアッププラン28(茨木市第3次学力・体力向上3カ年計画)」の取組を進めております。──「茨木市Webサイトより」(http://www.city.ibaraki.osaka.jp/kikou/gakkokyoiku/kyoikusuishin/menu/gakuryokuchosa/1443592220054.html)〔下線は引用者〕

 

茨木市の特徴として、編著者である志水宏吉氏(大阪大学大学院人間科学研究科教授)は、「ゆめ力」「自分力」「つながり力」「学び力」について、〈学力を下支えする4つの力〉と表現し、それを〈見える化〉しているところにあると述べている。そして、それらの力の育成は子どもたちが自ら進路を切り拓くことを目的とし、「一人も見捨てへん」を旗印にして、教育委員会と学校のめざす方向が一致できたという。

それでは、4つの力をベースとした茨木市の学力向上プランをかんたんに紹介していこうと思う。しかし、その前提として「プラン」を実行に移す現場に求められる学校のモデルを「『力のある学校』スクールバスモデル」として紹介されていた内容が分かりやすかったので、そちらをまず紹介していこう。 

『力のある学校』スクールバスモデル

「『力のある学校』スクールバスモデル」とは、学力向上等で力のある学校の特徴をバスの比喩で説明したものである。①エンジン、②ハンドル(アクセル)、③前輪(左)、④前輪(右)、⑤後輪(左)、⑥後輪(右)、⑦インテリア(内装)、⑧ボディ(外観)という8箇所がある。

気持ちのそろった教職員集団」というエンジン(①)と、「戦略的で柔軟な学校運営」のハンドルさばき(②)を中心に、「豊かなつながりを生み出す生徒指導」(③)と「すべての子どもの学びを支える学習指導(④)を前輪、「ともに育つ地域・校種間連携」(⑤)と「双方向的な家庭とのかかわり」(⑥)を後輪、「安心して学べる学校環境」(⑦)と「前向きで活動的な学校文化」(⑧)をバスの内装・外装と考えた。

──「第1章「力のある教育委員会」18~19頁

 

清水氏は「多少の悪路であっても、四輪駆動で力強く前進していく学校の姿を思い描いてつくったのが、このスクールバスモデル」であると、まとめている。

わたしは(事務職員として)、「スクールバスモデル」にバスが自走するために必要な「教育活動全般を支えるための公費保障」という財源要素〈ガソリン〉を加えたいと考えた。財政計画を加えることで教育活動はしっかりとした土台となる。教育計画と財務計画、授業研究と財務研究、教育評価と財務評価などについての両輪性や両翼性について、自動車や飛行機にたとえた話はわたし自身もよくするが、バスの要素全体を捉えた本モデルは壮大であるが、イメージがとてもつかみやすいと感じた。

 

プランを支える財政面のバックアップ

紙幅こそ少ないが予算措置についても書かれている部分がある。

よく言われるような、現課VS.財政課という構造が全くないと言えばうそになるが、私にはほとんど感じられなかった。そのことは、財政課の学校教育に対する深い理解があったからと感じている。(・・・)財政課の面々に「小中学校の子どもたちに直接かかわる予算は削ってはいけない」という気構えと不文律のようなものが芽生え、やがてこれが少しずつ浸透していたのではと感じている。
──「第3章 茨木市の学力向上プランの経過」98~99頁

「プラン」が始まった頃から近年における決算額が示されているページがある。そこには、「プラン22」当初で2千960万7千円の決算があり、その5年後「プラン25」の最終計画年度には予算額ではあるが、2億669万3千円まで伸び、桁がひとつ跳ね上がっている。

ここまで予算措置された背景には「プラン」に対する達成度が高いという評価からの措置であることはもちろんだろうが、「教育は国家百年の大計」といわれるように、なかなか成果は直ぐに確認できるわけではない。そこには、目先の予算事情だけではなく「プラン」の実行による子どもたちの未来を財政当局も一緒に描いていることもみてとれる。

だが、ないお金は配当できない。財源措置についても書かれているので引用する。

地方分権一括法が施行されて以降、国・府の補助金は逓減の一途をたどり(・・・)学力向上施策もほとんどが一般財源で実施せざるを得ないという厳しい取り組みを強いられることになった。

そこで何とか新しい財源を探さねばと目を向けたのが子育て支援の分野である。(・・・)この分野の交付金の活用を絶好のチャンスとみて財源の確保に努めた。
──「第3章 茨木市の学力向上プランの経過」99頁

学校給食費の無償化も子育て支援政策の一環として財源を確保している場合がほとんどである。これからは子育て支援としての教育施策を打つのが定石となってくるのだろうか。

「上位層」を増加させ、「下位層」を減少させる

茨城市のとりくみは、平均点だけを問題にするのではなく、「上位層」(正答率80%以上)を増加させ、「下位層」(40%未満)を減少させることに焦点を当てている。そして、学力を下支えする4つの力「ゆめ力」「自分力」「つながり力」「学び力」を具体的なコンセプトにあげて、学力向上プランを組んでいる。

総合的に「プラン」推進していくための具体的事業を13あげている。ポイントを整理し、箇条書きで抜粋してみる。

 

1.授業の質や授業力を高めるための事業

 ①学びのシンポジウム(若手を中心とした教員の授業力を向上させるため、公開授業を行う)

 ②ICT教育の推進(50インチTVや電子黒板の配備、ICTサポーターの配置)

 ③校内研支援事業(校内研修の活性化のため、指導主事が各校に就き、支援する)

 ④先進都市視察研修(学力向上に先進的に取り組んでいる他市町村の学校や教育行政を視察)

 

2.学力を下支えするための事業

 ⑤小学校専門支援員(教員免許所有者を配置し、授業中の学習支援を行う)

 ⑥中学校専門支援員(教員免許所有者を配置し、授業中の学習支援を行う)

 ⑦スクールソーシャルワーカー(子どもや家庭を福祉面で支援するため、中学校区に配置)

 ⑧(特別)支援教育サポーター(通常学級に在籍し、支援を必要とする子どもの支援)

 

3.その他のねらいを持った事業

 ⑨子どもの体力向上プロジェクト(体力向上委員会、担当者会の設置や公開授業)

 ⑩保幼小中連携教育(市内の保育所・幼稚園・小中学校を中学校ブロックに分け連携)

 ⑪学校図書館支援員(図書館教育・読書活動を推進するために司書などを配置)

 ⑫英語教育(小中の外国語担当教員が合同で、連携カリキュラムの作成などを行う)

 ⑬生徒指導支援教員(生徒指導担当教員の授業負担を軽減する時間講師の配置)

 

そして、第5章では、13の具体的な施策を取り入れた現場の変化が書かれている。しかも、実践をおこなった学校の担当者がそれぞれ執筆している。

たとえば、「学び力」を向上させるとりくみとして、「⑥中学校専門支援員」を活用して、実験支援(理科)や英作文の個別支援(英語)などにより学習意欲向上に繋がったという実践がある。しかも、具体的数値による変化(全体の正答率が〇〇ポイント上昇し、学力低位層は〇〇ポイント減少したという結果)も示されている。また、「ゆめ力」「自分力」「つながり力」を伸ばすとりくみについても、それぞれ成果があがった学校の実践が紹介されている。

この1冊で茨木市の教育施策がよくわかる。本書の出版以降は茨木市のWebサイトが参考になると思う。
「学校教育推進課」(http://www.city.ibaraki.osaka.jp/kikou/gakkokyoiku/kyoikusuishin/)のページを併せて読むことで理解度がさらに増すだろう。

 

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栁澤 靖明(やなぎさわ やすあき)

川口市立小谷場中学校事務主任。著書『本当の学校事務の話をしよう: ひろがる職分とこれからの公教育』では、事務職員という立場から学校の現状やこれからの公教育の在り方を提言。

「事務職員の仕事を事務室の外に開く」をモットーに、事務室だより『でんしょ鳩』などで、教職員・保護者・子ども・地域へ情報を発信。就学援助制度の周知にも力を入れて取り組んでいる。
さらなる専門性の向上をめざし、大学の通信教育課程で法学を勉強中。ライフワークとして、「教育の機会均等と教育費の無償性」「子どもの権利」を研究。
共著に『保護者負担金がよくわかる本』(保護者負担金研究会=編著、学事出版)、『つくろう! 事務だより』(事務だより研究会=編著、同)などがある。