Books for Teachers

学校教育をよりよくしたいと思う方、そして現場でがんばる先生たちにおススメの本を紹介します。

全員経営と学校

全員経営 (紹介:妹尾昌俊)

全員経営 ―自律分散イノベーション企業 成功の本質

全員経営 ―自律分散イノベーション企業 成功の本質

 

企業等のベストプラクティスを紹介する本はけっこうあるが、正直、質はかなりばらつきがある。本書は、日本を代表する経営学者の野中先生が解説を、ジャーナリストの勝見さんがその企業等の物語を書いた本で、読みごたえある一冊だ。JAL再生、ヤマト運輸のまごころ宅急便、良品計画の復活劇などなど。本書のメインの対象は企業のビジネスパーソンだろうが、学校関係の方にも、ヒントになることが多く含まれている。

全員経営とはなにか

”全員経営”とは、聞きなれない言葉だと思う。本書を俯瞰すると、従業員一人一人が経営者の視点をもちながら、自律的に動き、各人の知恵を組織的に活用しているような経営を指す。かの松下幸之助さんが終始心がけていたのが、この全員経営。本書では、彼の言葉が引用されている(p.18)。

衆知を集めた全員経営、これは私が経営者として終始一貫心がけ、実行してきたことである。全員の知恵が経営の上により多く生かされれば生かされるほど、その会社は発展するといえる。

そして、野中先生はこう述べる(p.7)。

市場の変化が加速し、複雑化し、不確実性や不透明性が増すなかで、今、企業は戦い方の大きな転換を迫られています。

すなわち、戦力の大きさで競合相手を圧倒する消耗戦から、一人ひとりが「知的機動力」を発揮する機動戦への転換です。それはまさに、全員経営のあり方そのものです。

学校は全員経営できているか?

一人ひとりが知的機動力を発揮するという意味では、学校はまさにその典型だろう。言い換えると、自律分散型で、全員経営である。個々の教員が子どもたちを見て、しっかりと対応しないと、授業や学級運営はうまくいかないのだから。意図してかどうかはともかく、全員経営、自律分散でいくしかないのだ。

とはいえ、教員の大量退職・大量採用の今日、また、発達障がいをもつ子や家庭環境など、子どもたちをめぐる状況が複雑化するなか、個々の教員の力は本当に大丈夫だろうか?ご存じのとおり、この点が問われているのも確かだ。

また、多忙化が進むなか、指導書のとおり、教科書はひととおり教えることはできるとしても、より踏み込んだ研究や深い学びは、できているだろうか?知的機動力を発揮できていると胸を張れるだろうか?

もうひとつ、注意が必要だ。自律分散型と言っても、バラバラという意味ではない。松下幸之助さんの言葉に象徴されているように、全員の知恵が組織的に生かされているかどうかもポイント。多くの学校では、ここはかなりあやしいかもしれない。カリキュラムマネジメントが最近強調されているのは、そこの問題意識もあろう。

いまは3月。卒業式や終業式を終えて、一安心という方も多いだろうけれど、しっかり次年度に各教師の知見を組織的に引き継がれているだろうか?

 

実は、本書で紹介されているのは企業事例だけではない。3.11のときの釜石の奇跡についても解説がある。折しも昨日は震災から6年ということで、この欄を読み返していた。

釜石市では、学校管理下の児童生徒は全員が無事であった。これを奇跡と人は呼ぶわけだが、その物語を読むと、奇跡ではなく、教育の結果と言ったほうがよいと思えてくる。

8年ものあいだ群馬大学の片田敏孝先生が釜石へ通い、子どもたちのなかに津波防災教育を根付かせたのだ。学校へはいくつもの教訓があるが、3点に絞って紹介しよう。なお、片田先生の教えは次のサイトでも動画で見ることができるので、ぜひ。

www.nhk.or.jp

①子どもへの教育が家庭・地域を動かす

当初片田先生は、釜石で防災講演を繰り返したのだが、毎回来場者は意識の高い同じ顔ぶれだった。片田先生はこう語っている。

問題は来場しない人たちとコミュニケーションのチャンネルを持てないことでした。ならば、子どもたちの教育に取り組もう。・・・(中略)・・・子どもの命という最大の関心事を通して、親たちを、さらには地域を巻き込むことでした (p.163)

②脅しの防災教育から姿勢の防災教育へ

片田先生によると、既存のは脅しの防災教育だと。過去にどんな大災害が起きたかなど危険性を伝える。しかし、これを聞くだけでは、子どもたちはまちのことを嫌いになるし、外圧的につくられた危機意識では長続きしない。人間には怖い気持ちは忘れたいという心のメカニズムが働くからだ。

片田先生が取り組んだのは姿勢の防災教育。自分の命を守ることにどれだけ主体的になれるか、姿勢を身につけることにあった。

ぼくはこう話しました。釜石はきれいな海があり、魚も美味しい。君たちはどんなに幸せな生活をしているだろうか。ただ、海の恵みをもらうということは、ときには自然の大きな振る舞いにもつきあわざるを得ない。でも恐れる必要はない。適切な対応をできれば災いをやり過ごすことができる。津波から生き延びる知恵をつけるのはこの地で暮らすお作法なんだ。 (p.164)

③率先避難者たれー自分で動く子を育てる

釜石の奇跡を導いた片田先生の3原則はよく知られているが、改めて紹介しよう。1、想定は信じるな。2、その状況下において最善を尽くせ。3、率先避難者たれ。

とくに3番目は、わたしにとっても強く刺さった。いざというときに周りを見ておどおどしていたのでは、あるいは親が迎えに来るまでは家で待っていようというのではダメだ、そうしてみんな死んでいく、と片田先生は教える。自分が真っ先に逃げることは、きみの大事な人の命を救うことにもなるんだよ、と。

 

凡事の非凡化

この釜石の教育を、野中先生は「凡事の非凡化」とみる。実際、子どもたちは防災教育という凡事を積み重ねることで、3.11のときに率先して行動し、中学生は小学生や保育園児たちを助けながら、逃げた。また、子どもたちは自分たちが最初避難したところは危ないかもしれないと思い、さらに高台へ移動し、難を逃れた。いざという時に非凡な動きをしたのだった。

このことは、学校教育に関わるものとしては、非常に身につまされるところがあるのではないだろうか?凡事もちゃんとできていない学校もあるだろう。知識をたくさん与えているかもしれないが、子どもたちの本当の力(非認知スキル)になっていない学校・家庭も多いと推察する。

本書は、先に述べたように、釜石の話だけではなく、さまざまな企業の非凡化、つまりイノベーションへつながった過程を分析している。ここでは紹介しきれなかったが、詳しくはぜひ本書を読んで、学校教育へのヒントも考えてほしい。

最後の片田先生の言葉を引用する。

姿勢なきものに知識を与えても、形骸化した知識の羅列にしかなりません。一方、姿勢あるものに知識を与えると知識を活かしてくれます。(p.169)

全員経営 ―自律分散イノベーション企業 成功の本質

全員経営 ―自律分散イノベーション企業 成功の本質

 

 

ーーーーーー

妹尾 昌俊(せのお まさとし)

学校マネジメントコンサルタント、Books for Teachersの世話役、4人の子育てに修行中。野村総合研究所を経て、フリーに。教職員向け講演・研修などを行っている。

著書『変わる学校、変わらない学校-学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道』では、活性化している学校とそうではない学校との違いを分析、今後の学校づくりの方向性を提言。

文科省の有識者会議やフォーラム、教員研修センターのマネジメント研修などでも講師を務める。

ブログ:

http://senoom.hateblo.jp

オンラインゼミ【元気な学校づくりゼミ】

https://synapse.am/contents/monthly/senoom#_=_