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学校教育をよりよくしたいと思う方、そして現場でがんばる先生たちにおススメの本を紹介します。

教育改革で見過ごされがちなつながり―The Missing Link

The Missing Link in School Reform (紹介:妹尾昌俊)

ssir.org

今日はちょっとした英語論文を紹介します。といっても5ページほどですが、日本の教育改革のゆくえ、それから学力向上における校長の役割などを考えるうえでも、かなりヒントがありました。

これまでの教育改革の焦点は、教師個人の力量、外部の知恵、教師を指導するリーダーとしての校長の役割にあった

論文の冒頭、こう問いかけます。アメリカの公立学校を改革すること、とりわけ子どもたちの学力を高めるにはどうしたらよいか?

筆者は、これまでの教育改革では、教師個人の力量を高めることを重視し過ぎてきたこと、それに伴い、タイトルにあるとおり、失われたもの(The Missing Link)がある、と述べます。

公立学校改革の従来の支配的な考え方と筆者が提唱する現実的なあり方とは次の図のとおり、対照的です。

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つまり、教師個人の力量、外部(ときとして教育の素人を含む)の知恵を活かすこと、教師を指導するリーダーとしての校長の役割という3点が、これまでの教育改革の多くで、暗黙のうちに、あるいは明示的に中核となってきた、と述べます。筆者もこれらについて否定しているわけではありませんが、これらを過大評価していると警告します。もっと重要なことがある、というのがこの論文の主張です。

 

大事なのは教師個人の力量か、それともつながりか

もっと重要なこととは何でしょうか?

それは教師間の関係性や信頼性、すなわち、ソーシャルキャピタルであると述べます。

この主張のもととなったのが筆者らが2005年から2007年にかけて行った調査です。対象はニューヨーク市の公立小学校4、5年生の教師1000人以上、130校です。算数の学力テストの点数の変化は何で説明できるかを実証しました。もちろん、経済的なニーズ、出席状況、子どもの特別支援の状況も勘案しているそうです。

結果は、教師たちが頻繁にコミュニケーションし、教師間に信頼や親近感がある場合に、もっとも高い算数の到達度となりました。

より厳密に言うと、最も算数の到達度が高いのは、教師が算数を教えることを得意としており、かつ同僚との強い関係性をもつ場合です。つまり、人的資源(=教師の個人の力量)とソーシャルキャピタル(=教師間の同僚性)がともに高い場合でした。

逆に、算数を教えるのが苦手な教師で、かつソーシャルキャピタルも弱い場合は、もっとも点数が低い結果でした。興味深いのは、算数を教えるのが苦手な教師であっても、職場で強いソーシャルキャピタルを有している場合は、子どもは平均的な到達度にいくことがわかりました。

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日本でも、教師の個人力に期待する改革が多い

以上紹介してきたことは、日本の学校ではそう驚くことではないかもしれません。学者の方の間ではソーシャルキャピタルの効果はかなり前から有名でしょうし、学校現場でも同僚性や教師間で学び合うことの大切さは昔から言われてきたからです。授業研究などで切磋琢磨する日本の学校の様子は、海外でも注目されています。

しかし、教育政策や学校現場では、教師の個人の力量に期待(あるいは依存といったほうがよいかもしれません)したものが幅を利かせているのが現実ではないでしょうか?教員免許更新制などはその典型例だと思いますし、国の答申などでも教職員の資質向上や校長のリーダーシップ、研修の充実などの文言が頻繁に出てきます。

チーム学校や組織マネジメントなどのように、教職員間の関係性や同僚性に注目した動きもなくはありませんが、まだまだ政策の中核とは言い難いのではないでしょうか?

先日、教員の養成・採用・研修の一体的な制度改革を行う関連法案(教育公務員特例法の一部を改正)が閣議決定されました。近く国会で審議になるようです。

www.kyobun.co.jp

この法案では、教育委員会等は校長及び教員の資質の向上に関する指標をつくり、これをもとに教員研修計画をたてることが目玉となっているようです。また、十年経験者研修を中堅教諭等資質向上研修に改め、実施時期の弾力化など見直しを図ることも盛り込まれています。こうした動きも、基本的には教師の個人の力量に期待する志向が強いとわたしは観察しています。

 

授業力向上での校長の役割は何か?

この論文の優れている点は、校長の役割への言及もある点です。筆者らの別の調査では、1週間、ピッツバーグの公立学校の校長がどのようなことに時間を過ごしているのか、記録してもらうことにしました。ポケベルをもたせて、鳴ると、PDAにそのとき何をしていたか記録してもらったといいますから、なかなか面白い実験です。

すると、何がわかったか。

校長が外部とのソーシャルキャピタルを築くこと(引用者注:保護者や地域コミュニティとの関係づくり、また外部との接触で学校の資源を増やそうとすることなど)に多くの時間を使う場合、学校教育の質は高まり、リーディングと算数の標準テストの得点も高くなった。逆に、教師を指導し観察することに多くの時間を費やす校長の場合、教師間のソーシャルキャピタルにも児童の成績向上にも、何ら影響をもたなかった。効果をあげている校長は、自分の役割を学習指導のリーダーとしてというよりは、教師のファシリテーターとしての役割と捉えていた。そうした校長は、教師間のソーシャルキャピタルを築くに必要なリソース、すなわち、時間や空間、職員配置を教師たちに提供し、公式、非公式に関係性がもてるように計らっていた。(p.35)

 

革新的なアイデアが出やすく、実行しやすくするのがリーダーシップ

アメリカの話がそのまま日本に当てはまるとはもちろん限りませんが、興味深い結果です。日々の授業や授業研究において、校長が個別の教師の指導に頑張ろうとし過ぎるよりは、教師間の関係づくり、教師間の学び合いを促す役割のほうが重要だ、という指摘と受け取ってよいと思います。

日本でも(アメリカなどでも)サーバント・リーダーシップといって、ぐいぐい引っ張るタイプではなく、ボトムアップの力を引き出すリーダーが注目されているところもあります。

近い話として、企業経営の話ですが、著名なアメリカの経営学者は、イノベーションを生み続ける組織は次の点がちがう、と述べます。

イノベーションを起こす組織のリーダーの役割は、人々が革新的な仕事を喜んで出来るような環境をつくりあげることなのです。

例えば、ベンチャー企業の成長がとまってしまう理由の一つが、一人のビジョナリーリーダーに頼りすぎてしまうことです。次の革新的なビジネスモデル、製品、サービスを開発するのは、当然リーダーの役割だと思い、社員は努力を怠ってしまう。そうすると、イノベーションを起こす能力が、一人のリーダーの視点やビジョンに限定されてしまい、成長もとまってしまうのです。

だからこそ、リーダーは、「自分はビジョナリーかもしれないが、イノベーションを起こし続け、競争力のある組織を構築するためには、まず革新的なアイデアを支援する社風や組織力を創造しなくてはいけない」と理解しなくてはなりません。

business.nikkeibp.co.jp

話をこの論文に戻しますが、若手の教師が増えており、かつアクティブラーニングやカリキュラムマネジメントなど改革・改善の必要が言われている日本の学校現場でも、校長は何に優先順位高くおくべくか、よくよく練って、行動した結果を振り返ることが必要である、そのことを教えてくれる論文です。

 

この論文は次の書籍に引用されていて知りました。この本も後日レビューしたいと思っています。

The Principal 校長のリーダーシップとは

The Principal 校長のリーダーシップとは

 

 

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妹尾 昌俊(せのお まさとし)

学校マネジメントコンサルタント、Books for Teachersの世話役、4人の子育てに修行中。野村総合研究所を経て、フリーに。教職員向け講演・研修などを行っている。

著書『変わる学校、変わらない学校-学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道』では、活性化している学校とそうではない学校との違いを分析、今後の学校づくりの方向性を提言。

文科省の有識者会議やフォーラム、教員研修センターのマネジメント研修などでも講師を務める。

ブログ:

http://senoom.hateblo.jp