なぜ、わかっていても実行できないのか
なぜ、わかっていても実行できないのか (紹介:妹尾昌俊)
なぜ、わかっていても実行できないのか 知識を行動に変えるマネジメント
- 作者: ジェフリー・フェファー,ロバート・I・サットン,長谷川喜一郎,菅田絢子
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2014/01/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「わかっちゃいるけど、やめられねえ」はスーダラ節で、世の常、人の常だろうけど、もうひとつよくあるパターンがある。それは「わかっちゃいるけど、できねえ」だ。この翻訳書の原題は"The Knowing-Doing Gap"。僕はこの言葉が強く残った。つまり、知っていても、行動できるとは限らない、両者の間には大きなギャップがあるのだ。
知識があっても、実行できない。
やり方をわかっているだけでは不十分なのだ。才気だけでは、知識を実行できない。すばらしいアイデアも、読んだり、聞いたり、考えたり、書いたりするだけではだめだ。(p.3)
冒頭の この一節にはっとした方は、おそらく僕だけではないだろう。自分自身の反省としても、本を読んだり、人から聞いたりしたことでいいなと思ったことは多いが、実行できていないことは実に多い。また、自分も研修講師などをしているからよく実感できるのだが、シンポジウムやセミナーなども「なかなかいい話聞けたな」だけで終わってしまうものが多い。The Knowing-Doing Gapを越えられないのだ。
先日の読書会(参考になった本を紹介し合って雑談する会)で僕は本書を紹介したのだが、その意図には、文科省のシンポジウムの前というタイミングだったこともあった。聞いただけの会にしてもらいたくなかったのだ。
企業経営の世界でも、一時期、「ナレッジマネジメント」や「学習する組織」というコンセプトが流行ったが、どうだろうか?まだまだ組織の中で知識や情報を十分活かしている、行動になっているというところは少ないのではないか?
なぜ、わかっていても実行できないのか。話し合っただけで満足してしまう。
著者の2人はスタンフォードの有名教授。スマートな方らしく、軽快でわかりやすく解説してくれている。もちろん、アメリカと日本の事情は異なるし、本書はビジネスの世界のことを語っているので、学校などには当てはめにくい点もある。しかし、共感できる点や、はっとする点も多々見つかると思う。
なぜ、わかっていても実行できないのか。自分自身の行動や組織にも質問してみよう。
知識が行動に移らない原因には、本書によると、5つある。
①問題を話し合っただけで仕事をした気になる。
②過去のやり方にこだわりつづける
③部下を動かすために恐怖をあおる
④重要でないことばかり評価している
⑤業績を上げるために競争させる
1つ1つの詳細は本書を読んでほしいが、学校でも特によく当てはまるのは、①、②、④だろう(③も保護者からのクレームを恐れるなどで、当てはまる部分もあるだろうが)。
「①問題を話し合っただけで仕事をした気になる」は、意思決定すれば一件落着、それが実行されたかどうかは確認しない、ということが本書では指摘されている。学校や行政では、〇〇計画というのが大好きなので、計画しただけで行動した気になっていることも多々ある。
また、企業でも行政でも、パワポを何枚も作って会議の準備にはすごく時間をかけるが、肝心の会議の後のフォローアップが少ないという現象も、この①と同じ症状である。
学校教育では「熟議」もあちこちで行われている。熟議とは十分に議論をすること。地域で学校で、育てたい子どもはどんな子どもだろうか?などのテーマでいろんな人が集まってアイデアを出す。それはそれで重要な過程だと思うが、問題はそのあとである。行動につながっているだろうか?
過去のやり方をなぞるだけで思考停止する。
「②過去のやり方にこだわりつづける」については、次のように指摘している。
むやみに経験に頼る体質では、知識を行動に移せない。なんらかの変化を起こすのは不可能だ。記憶を頼りに、何も考えずに行動するからである。それが意味のある行動かどうか、疑問ももたない。たとえ疑問を感じても、反対の声を上げたり、別のやり方を提案したりする勇気はない。(p.78)
この引用箇所はどうだろうか?「うちの学校のこと言うてるんちゃうか?」と感じた方もいると思う。一例をあげると、運動会での組体操を危険な高さまでやる必要があるのか、というのは内田良先生らが問題提起して、世の中的にも徐々に認識され始めた問題だ。実際、重大な事故も報告されている。
なぜ学校は、これまで十分見直せなかったのだろうか(あるいは、いまだに見直せないでいるのだろうか)?それは、「例年やっているから」、「保護者からも期待されているから」、「団結力を高めるから」などの一見もっともらしい理由で満足してしまい、組体操をやるべきかどうか、なぜやるのかについて、きちんと思考してこなかったからではないか?疑問をもっても、その意見が表明されただろうか?意見が出ても、組織の中で反省と改善に活かされただろうか?
なぜ前例に従おうとするのか?
なぜ、新しいことをやろうとせず、前例に頼ろうとするのだろうか?これについては、僕も拙著『変わる学校、変わらない学校』で多少分析したが、ひとつは前例通りが安全と思われているからである。
私も霞が関官僚をやってみて実感したことですが、前例が参照され、重視されるのは、それが安全な道だからです。先人がある程度検討し、かつやってみて大きな問題は起きなかったというものは、そこから学習して今回もそうしようと考えるのは、合理的かつ効率的です。とりわけ、教職員のように子どもの人生を大きく左右しかねない立場であれば、なおのこと、安全な道を選びたくなります。
しかし、だからといって、前例があるからということで、その前例の効果や今回も当てはめてよいかどうかなどに考えを及ぼさなくなる、思考停止してしまうことは、注意するべきです。よく「学校の常識は世間の非常識」などと揶揄されることもありますが、外国との比較を見ても、日本の学校の当たり前なことは、本当にその必要はあるのか、別の手段はないかなどを疑ってみる余地はあります。たとえば、部活動を地域やスポーツ企業の協力を得て、質を向上させつつ、教員の負担を減らしていった和田中の事例などは、当たり前のことや前例を見直した好事例のひとつと言えます。(『変わる学校、変わらない学校』p.95)
加えて、本書では、前例に従いたくなる傾向は、締め切りに追われる、決定を迫られるなど、時間のプレッシャーを感じるときや、新しい情報を処理できないほど疲れたときに起こりやすいという(p.95)。この指摘も、多忙化が問題となっている学校現場に示唆的だ。
人事評価も大きな問題。
「④重要でないことばかり評価している」は、人事評価の問題。これは難しい問題で、評価項目や評価の方法を単純化しすぎても、複雑すぎても、問題がある。
紳士服を売るメンズウェアハウスの事例が興味深い。店員(同社では単なる販売員ではないという意味を込めて”ファッションアドバイザー”と呼ぶ)1人の販売実績や取引件数だけでは、評価として十分ではない、と書いている。顧客を独り占めしているだけかもしれないからだ(実際、そういう従業員は解雇された事例があるという)。
それよりも、「付属品もいっしょに売れたかどうか」を見るほうがよいという。顧客のニーズを見て、靴、ネクタイ、シャツなどコーディネートできるファッションアドバイザーになっているかを測れるからだ。併せて、チーム・セリングに協力的だったか、顧客に温かなおもてなしをしたか、すべての顧客に挨拶し、話を聞いたかなども評価しているという。
学校でも、校長はもちろん、教職員の個人の人事評価制度(成果や能力を評価するもの)が導入されているところは多い。しかし、そこで、チャレンジングな行動やチームとして貢献できたかどうかなどは評価されているだろうか?
ではどうするか?
本書では、いくつかThe Knowing-Doing Gapを克服した企業の事例も紹介されているし、アドバイス(ガイドライン)も書かれている。とはいえ、やはり魔法の杖があるわけではないが、例えば、人事評価の仕組みなどはひとつの重要なドライバー(行動に変える動機付け)になるだろうとは僕は思った。
最後に一言、本書から引用する(p.256)。「すばらしい計画やコンセプトより、行動がまさる」。
◎関連本(いっしょに読みたい)
※同じ著者の最近の本。これも面白い。後日感想をアップできればしたい。
内田良先生のすばらしい新書。なぜ前例や伝統をやめられないか、考えるきっかけになる。
教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」 (光文社新書)
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- 出版社/メーカー: 光文社
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変わる学校、変わらない学校―学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道
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妹尾 昌俊(せのお まさとし)
学校マネジメントコンサルタント、Books for Teachersの世話役、4人の子育てに修行中。野村総合研究所を経て、フリーに。教職員向け講演・研修などを行っている。
著書『変わる学校、変わらない学校-学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道』では、活性化している学校とそうではない学校との違いを分析、今後の学校づくりの方向性を提言。
文科省の有識者会議やフォーラム、教員研修センターのマネジメント研修などでも講師を務める。
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